「青燈――或る青年の田園記――」第1回


★この「青燈」は、TFC早苗メンバーの「土屋 遥一朗」が、天栄村での稲作・畑作の学びを通じて体験したことや、心に思ったことをスケッチした文章です。(不定期連載)
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第1回


2018.6.8

今日の事。
朝3時半に小山を出る。6時半に“これからの田んぼ”に到着する。吉成さんから電話。
「田んぼに水、入ってっかい?」 水がしっかり溜まっていなければ、除草機が効果を発揮できない。正直なところ、どの位溜まっていればいいのか、戸惑った。端の方の土が顔を出していたので、堰を開けて水を入れる。間もなく、吉成さんが到着。やはり、水が少なかった。

圃場には既に草が顔を出している。こうなってしまうと、除草機を入れても、草とのイタチごっこになるという。草の事を見極めるには、土の事を知る必要がある。作付けをしている圃場の土はどのような性質か。砂利が多いのか、粘土質なのか。水捌けはどうか。そうした事の把握が、草の生える状況への把握に繋がる。
〈草を見ずして草を取る〉上農への道は、険しい。

とはいえ、嘆いてはいられない。今日の早出も、吉成さんの出勤前の一仕事も、日一日を争う草との勝負だからだ。草に先手を取られた以上、今打てる最善手を打つ事が、形勢逆転の一手へと繋がる。

この機械を押して圃場へ入る。初めは吉成さんが手本を示す。機械の動かし方、歩みの速度、そうした事を観察する。何列かの手本の後、交代して貰い、圃場へ。
もう泥の感触に感嘆は無い。有るのは、稲を踏まないよう歩く事、それから機械を適当な速度で運行する事への意識だ。それでも、足の運び方はぎこちない。畔で見守る吉成さんから、檄が飛ぶ。
「足で稲、寄せちまわないように、一直線に歩くんだ」
クラッチを入れ、音を聞く。エンジンの回転音を、先刻聞いた高さに近づける。機械の歯が回転し出す。抑えていなければ、持って行かれる。持って行かれては、草の生える土を掘り、根を取ることは出来ない。歯車の回転の惰性によって進もうとする機械を抑えつつ、適切な速度で足を運ぶ。感覚としては、能や日本舞踊の運びに近い、気がする。(と言っても、何方も観たことしかない)そうして上手く稲を避けながら、その間の草を掘り起こして行く。
それが上手くいったかどうかは、水の濁りを見ると分かる。それから、攪拌された草が浮いてくる。これが有れば、成功だ。

側から見ていると実に長閑なものだが、その実汗が吹き出してくる。北欧シャツも賢治ハットも、汗が滲んで行くのを感じる。機械を抑える腕が痛み出す。普段使わない筋肉を使うからだ。水に照り返す日光で顔が暑い。端まで行けば転回は人力だ。機械は重く、持ち上げれば水がズボンに滴る。だがそれも、気にしてはいられない。梅雨空の晴れ間に、草は生う。だから迅速に、丁寧に仕事をする。今こそは、声を大にして言えるだろう。田園風景は、尽力の成果だ。人が想像するその牧歌的な長閑さには、幾筋もの汗が流れているのだ。

この濁りが圃場を覆い、光を遮る。圃場によっては、5日間ほど持つそうだ。これを保つ為、田𢌞りが肝要だ。この週末は朝昼晩、水の管理をしに此処へ来る。
途中でいらした馬場さんが、「だんだん上手になって来たね」と言ってくれた。その言葉を背負えば、自然と足は田圃へ向かう。
そういえば、これは教え子も読む。だからたまには古典教師らしい事も書いておく。「まもる」という古語の意味についてだ。まもる、は漢字で「目守る」と表す。その意味は、「目を離さず見つめる」とか、「様子を伺い、見定める」とかだ。この田𢌞りはまさしく「まもる」だ。足繁く通って早苗を「まもる」。今日はこの言葉を身を以て知った日だ。だからそれを後学の為に書く。案外、古典だって面白い。そういえばほととぎすは時鳥であり、その初音は夏の訪れであり、田植えの目安だ。農から、古典を実感出来る。古典から農を知る事も出来る。つまり。案外、古典だって使える。
…まるでセンセイみたいな事を書いてしまった。続けよう。

田の草取りの後は、畑へ。
あの時は書かなかったが、二週間前の事。以前植えたネギの葉が、どうにも黄色く枯れているようだった。弱々しく、風に靡いていた。失敗を書けない気取り屋な手前、割愛したが、何の事はない。人が臆せど、植物は強いのだ。二週間で立派に根付き、青々と真っ直ぐに立っていた。ヒロ子さんに聞けば、肥料が雨で浸透したという。それを吸って、ネギは復活した。自然の力と人の助力。農とはつまりそういうものなのだろう。

今日の二度目の仕事に掛かる。こちらも主な仕事は草取りだ。畑には畑の機械が要る。機械の写真を撮り忘れていた。試し撮りの妙なのを上げておく事にする。何で自撮りなの、とか顔を見せろとか、変な帽子だとか、言っては行けない。世界はあるがままに、そうあるのだ。

機械を押して、草を掘り起こす。根を切る、或いは土を被せる。光、水、或いは空気。草の生える条件を潰していく。水田にせよ、畑にせよ、その為に機械を唸らせ、汗する。その泥臭さが収穫を生む。それはまさしく「草の根」の尽力だ。

春に植えたブロッコリーが、出来てきた。来週には収穫出来そうだという。汗で濡れたシャツに風がよく吹いた。
明日は、田𢌞りとベビーリーフだ。それから齋藤さんたちと草取りも有りそうだ。
今週も、長い週末になるだろう。

………

夏山に鳴くほとゝぎす心尽くすわれらの汗をよそほひに鳴け


2018.6.9

土曜日の事。
朝8時に畑へ行く。先ずはハウスに入り、トマトに支柱を立てる。ハウスは暑い。湿度と相まって、居るだけで汗が出る。

「農家は大変だっぱい」
ヒロ子さんの言葉が、今日はよく分かる。イヤになんねえかい、と聞かれて、少し諧謔。
「こっちは、手を掛けただけ、育ってくれますから。人間相手の仕事では、そうは行きません」
「確かになあ、農家は、達成感はあんね」

次は、ベビーリーフの種を蒔く。前日、管理機で畝を作った。そこに肥料をまき、種を蒔く。薄土を被せる。上手く行けば、数週間で収穫出来る。

管理機での除草もした。エンジンの掛け方、クラッチの入れ方。コースの取り方。
「向ごうでトマトやってっから、こっち任していいがい?」
一人で、一通り出来るようになった。
………………………

賢治ごっこ。

………………………

午後、邦市さんから電話が入る。翌日は雨模様なので、大里の草取りを前倒しでやるとのこと。支度をし、午後3時に大里へ向かう。

邦市さん、馬場さん、大月さん、齋藤さんと合流する。去年は手での草取りだったが、今年は管理機だ。その分、苗が抜けたところに補植を行う。

田植えの時に真っ直ぐでないと、機械がコース取りを出来ない。どうしても避けられない所は、稲ごと除草してしまう事になり、そこには改めて苗を植え直す。丁寧に田植えをする所以は、此処にある。余計な仕事や、無駄を省く。一区画では小さな事だが、田全体に拡げれば、大きな差だ。

やはり、この作業は大変だ。汗が滲んだのを撮られていた。樹力も、初挑戦だった。一往復で、「もう大丈夫です」とのこと。

それでも、最後には意地を見せ、重い管理機をトラックまで運んだ。

彼は今、その背中に何を背負っているだろう。含羞みがちなその目の奥に、どんな言葉が宿るだろう。

…………………

一仕事の後の団欒のひと時に、吉成さんが語り出す。それに、馬場さんも呼応する。

清流米一号、という肥料がある。この地域で使われるこの肥料には、須田さんという人の仕事がある。彼は、独自に研究を重ね、オリジナルの肥料配合を作った。いまの天栄村もコメには、彼の功績が大きい。葉っぱ一枚ずつにナンバリングして、観察研究。彼はそういう人であった。農家は、失敗する事が許されない。だから、みんな失敗を恐れて、なかなか実験的にはできない。それを、彼がやってくれた。だからこそ、みんないま、失敗しないでやれる。

それから、遠藤五一さんのこと。
初めて行った全国コンクール。農業者がみんなキラキラして見えた。吉成さんは、臆してしまったという。そこは、余りに刺激的だった。
それから肥料の事などを、みんなが使えるものを注文しよう、ということになった。その時に、来たのが遠藤五一だった。
「カリスマですよ。近寄れなかったです、スターが来た、みたいになって…」

吉成さんたちの、漢方の試行錯誤の事。初めは10aに20本。労力も、金額も大変だった。漢方は、1本3000円強。それをどこまで落とすか。代わりにいなば有機を入れた。漢方が本来の半分のもの、もう少し抑えた量の田んぼをそれぞれ作り、それでいまの形を見つけた。漢方だけでやれれば、それは美味い。だけど、コストがかかり過ぎる。コストと、食味のバランスが必要だ。

プルシアンブルーが倉庫から出て来た。震災後、ゼロへの挑戦の試行錯誤。
撒きやすくするために粒状にした。直径を変え、どうしたら効果的か。さまざまな実験の連続だった。別名紺青、フェロシアン化第二鉄。撒いたものを圃場から回収できるよう、焼成して磁化する事も試した。

「やれることはすべてやる、ていうね」
「懐かしい、ちゃ懐かしいな。色んなことやったな」
………………
今の彼らの背後には物語がある。試行と発見と、決断の物語が。それは一度に語るには余りに大きな物語だ。だから、われわれは語らねばならない。彼らから少しずつ貰う物語を、語り続けねばならない。沈黙してはいけない。それを聞いて、どうして書かずに居られようか。終われない。終われるはずがない。だから、終わらない為にこれを書く。人々の耳目が「ふくしま」に向いていて、ともすれば「絆」などという言葉のもとに、ある種の幻想が生み出され消費されようとする。何処かで聞いたような耳触りのいいキャッチコピーに覆い尽くされ、折角そこに携わろうという人々が、軽すぎる夢や軽薄な笑顔の中だけで終わらないように。私は、自分が手にした言葉を書く。ひとつの視点と立場を持って書く。それは偏っているし、恣意的に切り取られてもいる。それでも、語らずにはおられない。
そして願わくは〈生きづらい彼等〉に、「今いる場所とは違う生き方もある」ということが、伝わればいいと思ってこれを書く。私は私の生活を書く。それはもはやよくある「農業をがんばるワカモノ」の、牧歌的な体験記などではない。どこぞがキャッチーに取り上げるような、軽薄な物語にはしたくない。むろんそれがどう伝わるかは受け手の領分であり、書き手が文句を言う事は出来ない。だから、書き続けなければならない。
………………
…妄言を垂れ流した。今週最後の田𢌞りに行こう。


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